教育長ブログ

熊本市教育長(H29.4~) facebookの投稿から主なものを転載しています。 https://www.facebook.com/hiromichi.endo

「全国」ではなく「ここ」でしかできないことを

日本教育新聞に寄稿した記事を、許可を頂いて掲載します。
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先日、東京都のある小学校と、山形県のある中学校を訪問する機会を頂いた。私が勤める熊本市の学校とは大きく異なる両校の状況に、日本の広さを感じずにはいられなかった。
東京都の小学校の方は、都心の学校らしく、コンパクトな複合施設となっている。民間事業者が維持管理を行っており、教職員が鍵の開閉などをする必要はないという。校舎の入り口まで私を案内してくださったのも、業者の方であった。
区への人口流入に伴って児童数が増えており、今後も増加傾向が続くとのことである。保護者の所得も児童の学力も高く、大半は卒業後に私立学校に進学するという。
山形県の学校の方は、広大なグラウンドがあり、冬はスキー大会の会場として使われるそうである。かつてと比べると生徒数は3分の1以下になっており、余裕教室を存分に使って、さまざまな用途の部屋を作っていた。熊本市とほぼ同じ面積の町に、中学校は1校、全校生徒は100人台である。町の運動公園には、多目的グラウンド、野球場、テニスコート、体育館などが整備されている。部活動を地域移行する場合には、これらのリソースを1校の生徒で使うこともできるわけだ。
熊本市は、人口も児童・生徒数も、両学校のある自治体よりはるかに多い。規模が大きいおかげで、多様な実践が可能である。各分野で優秀な教職員を見つけることも、二十数校をつないで千人のオンライン授業をすることも、異なる技術やサービスをモデル校で比較することもできる。一方で、教職員や児童・生徒一人当たりのリソースは、両自治体に及ぶべくもない。学校の施設管理を全面的に委託する予算もなければ、中学校と同じ数だけの運動公園もない。両自治体のように、給食費が無償でもない。
自分の日常と懸け離れた状況というのは、想像し難いものである。私の場合は、公立中学校に進学する人が少数派であるとか、政令指定都市と同じ面積に中学校が1校という状況での教育行政というのは、普段の仕事からはイメージしにくい。きっと両自治体にも、それぞれ熊本市とは大きく違う課題があるに違いない。そう考えると、全国の学校や自治体に適した教育施策というのは、かなり異なっているはずだ。
教育関係の実践家から「この学校(自治体)でやっていることは、全国でできます」といった言葉を聞くことがある。自分がやっていることは、特別なことではないという謙遜なのか、普遍性のあるやり方だというアピールなのか、その両方かもしれない。私自身も、そうした言い方をしたことがある(もちろん、その両方の気持ちである)。しかしこのたび、全然そんなことはない、と考えを改めた。
「全国でできること」ではなく「ここでしかできないこと」をやろう。その方が魅力的ではないか。全ての学校や自治体は、それぞれ特別である。一つのやり方が全国で通用するわけはない。そうであれば「熊本市だからできるんですよね?」と言われたときに「いいえ、全国でできます」ではなく「その通りです。他ではできません」と言える実践をつくっていきたい。
全国の学校や自治体がそうした実践を追求すれば、日本の教育はより魅力的なものになっていくに違いない。
日本教育新聞 2024年7月22日付「提言」掲載)