教育長ブログ

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文科省と経産省の描く「未来の学校」

最近相次いで発表された文科省経産省の報告書は、未来の学校の姿について、共通している部分と対照的な部分があり、興味深いです。

Society5.0に向けた人材育成 〜社会が変わる、学びが変わる〜 昨年11月から林大臣の下で議論をすすめ、この度まとめられました|今日の出来事:文部科学省

「未来の教室」とEdTech研究会の「第1次提言」がまとまりました (METI/経済産業省)

「これからの社会」についての認識は、両報告書でほぼ共通しているように思います。「これまでの延長線を大きく超えた劇的な変化」(文科省 p.5)が訪れること、そして、学校以外も含めて「学び方は今より多様になる」(経産省 p.11)ことなどです。

両報告書を通じて、全体的に類似点の方が多いように思いますが、「これからの学校がどうなるか」という点については、両省の認識は異なる部分もあります。

 

学校の姿:文科省は、今の学校の基本的な構造は変わらないと考えているようです。経産省は、それ自体も変わってくると考えているようです。

文科省

・学校や教師と児童生徒の存在、また、教科書や教材、教室、教育課程といった教育の基本的な構成要素は、今後とも基盤となる(p.10)

経産省

・「学力」「教科」「学年」「時間数」「単位」「卒業」等の概念は希釈化され、学びの自由度が増す(p.11)

 

学びの順序:文科省は、すべての子供が段階を踏んで学習することを前提としているようです。経産省は、順序にこだわる必要はないと考えているようです。

文科省

・すべての子供たちがすべての学校段階において、基盤的な学力の確実な定着と、他者と協働しつつ自ら考え抜く自立した学びを実現できるよう、「公正に個別最適化された学び」を実現する多様な学習機会と場の提供を図ることが必要である。(p.15)

経産省

・世界中にある選択肢の中から自らが望む「学び」を選択できる仕組みが確立できないか。例えばプログラミングが好きなら、ひたすらプログラミングして仕事を切り拓く過程で、文理融合・教科横断の幅広い知をたぐり寄せ深めていく機会を手にできるようになる。(p.9)

 

必要な能力:文科省は、すべての人に一定の共通した資質・能力が必要だと考えているようです。経産省は、すべての能力を揃える必要はないと考えているようです。

文科省

・Society 5.0 において必要とされる資質・能力を、すべての生徒が身に付けることができるようにすることが求められている。(p.12)

経産省

・一つ一つのコンピテンシーを全てきれいに揃えようとするのは、意図するところではない。実在するチェンジ・メイカー達を調べてみれば、「極端な凸凹」が目立つ人も少なくないはずである。(p.4)

 

また、「すべての人が身につけるべきもの」についてのイメージは、次のように書かれています。

文科省

・基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力を、すべての児童生徒が習得できるよう、新学習指導要領の着実な実施が必要である。(p.10)

・思考の基盤となる STEAM教育を、すべての生徒に学ばせる必要がある。(p.13)

経産省

・「50センチ革命×越境×試行錯誤」の力を、一握りのリーダー層だけではなく、一緒に働く誰もが身に付けることではじめて、現場のカイゼンイノベーションを生み出すサイクルが回り始めるのではないか。(p.3)

・検索した多様な情報の中から真贋を見極め、対立する通説と対抗説を見つめて自らのスタンスを選び取る力こそが、全ての人が身に付けるべき能力になっていく。(p.11)

 

両省とも、「学びの手段が多様化する」という点では一致していますが、学んだ成果として「すべての人が身につけるべきもの」についての認識に違いがあるように思います。

文科省のように、すべての人がある程度共通した資質・能力群を身につけるべきと考えれば、学校の姿もある程度は共通してくるでしょうし、経産省のように、身につける能力には極端な個人差があってよいと考えるなら、学校の姿もかなり多様でよいということになりそうです。

ただ、経産省も「2030年頃」の学校を想定しているとのことですので、今すぐこうなると言っているわけではないようです。今後しばらくは、社会の変化を見極めながら「手段の多様化」が進んでいくというのが、両省の共通認識のようです。