政策作ってる人のブログ

政策をつくる仕事をしながら、考えたことを書いてみます。

子供は残酷だ。でもそれが許されない時代が来た。

ふとしたきっかけで、子供の頃に友達同士で呼んでいたあだ名を思い出した。今考えると、僕が呼んだものも呼ばれたものも、かなりストレートというか、残酷なものがあった。もちろんここでは書かないが、今言われたらかなりショックだろう。替え歌とか、さらにひどい。。。

 

でも、なぜそれが自殺や不登校といった大問題にならなかったのだろうか。考えてみると、それは口で言い合っていただけだからではないだろうか。もし、あれが文字になっていて、例えばLINEや掲示板などに書かれていたら、相当なショックだったと思う。ましてや、それがネットで全世界に公開されていると考えたら、子供心には耐えられないかもしれない。

 

今はネットがあるから、昔は口で言っていたことを、同じような感覚でネット上に書いてしまうのではないか。僕も、もし当時ネットがあれば、口で言うだけでなく書いていたかもしれない。当時と今との 違いは、言う側の気持ちの差というよりは、技術の差だ。当時と比べて、子供の自殺率や不登校率は増えた。それには色々な要因があるだろうが、「悪口が文字の形で相手に伝わる」というのも、大きな要因ではないだろうか。

 

技術の進歩とともに、子供に求められる規範も変わる。以前は無邪気にできたことが、今は許されない。ちょっと可哀想な気もするが、それは仕方ない。子供が可哀想だからといって、技術の進歩が止まるわけではないからだ。子供が働く時代から、学校に行く時代へ。多産多死の時代から、少子高齢化の時代へ。子供への要求は、時代とともに大きく変わった。そしてすぐに、子供が3Dプリンターで銃を作れる時代になる。子供が簡単に大人を殺せる時代には、今とはまた違う規範が求められるようになるはずだ。